2014年5月30日金曜日

Lightning talkの準備に困っている

いよいよ明後日アメリカ出張である。
新しい情報の収集や,ネットワーキングを円滑に行うため,
昨年度のオーストラリアの反省を生かした,
英語のトレーニングを行ってきた。

以前よりは,頭の回転が良くなっていると思うけれど,
実際,何を話しているのかよくわからない場面は多々あるし,
頭で考えていることが,すぐに翻訳できなかったりして,
意思の疎通がうまく出来ないのではないかという,とても大きな不安がある。

また,チップのこととか,頭を悩ます問題が多すぎて,
既に神経が衰弱してきていて,おなかの調子がすこぶる悪い。

ともかく,いろいろこれまでの腕試しをする良い機会ではある。


Lightning talkをがんばらねば

もう一つ,頭を悩ませているのが,
Lightning talkをせねばならないということである。

Lightning talkというのは,5分程度の短いプレゼンのことで,
よくある10分以上のプレゼントとは,構成がかなり異なるようである。

ずいぶんサーベイしたが,
どうやら,隙のない論理を構築して相手を納得させるというよりも,
面白そうな小ネタを小出しして,5分間で魅了する,
自分に興味を持たせるというようなスタイルのようだ。

いつもなら,遅くとも1週間くらい前には,
プレゼンの構成がだいたい決まっているのだけれど,
今回はまだである。

そもそも,Lightning talkの経験が無い上に,
英語でせねばならないというのが,更にハードルをあげている。

私は,日本語だったら台本は基本的に準備しないけれど,
英語はそこまで頭が回らないので作る。

しかし,それもまだ完成していない。
結構,大変なのだけれど,
経験とは恐ろしい物で,意外と落ち着いている。
落ち着いてがんばろう。

それにしても,ティップをどうしよう。
ティップを。

2014年5月29日木曜日

チョウバエが大発生してチョーうざい

チョウバエとは,



これです。
こいつがたくさん舞っていて,鬱陶しい。

気がつく度,つぶしているのだけれど,
結局の所,発生源が水回りなので,排水管の中などを叩かなければ,
対症療法でしかない。

とりあえず,発生源を叩くのはとても面倒なので,
ニッチ隔離作戦と一網打尽作戦で切り抜けている。


ニッチ隔離作戦

その名の通り,人間とチョウバエのニッチを物理的に隔離してしまう作戦である。何のことは無い,奴らの進入経路を断てるように,戸締まりをしっかりすることが肝要の作戦である。


一網打尽作戦

奴らのニッチ(発生源)は我が家では,風呂場である。
従って,上記作戦に寄って,風呂場に閉じ込めた後,
入浴時などにこまめにつぶすのである。
ここで殺虫剤などを使っても良い。


さいごに

チョウバエは,見た目が気持ち悪い。
ハエなのか,チョウなのか,どっちなんだと言う疑念が消えない。
実際,つぶそうとすると鱗粉のような粉を出すから,なお鬱陶しい。

まぁ,チョウではない。ハエである。
ここで疑問,ハエ目ということは平均棍があるのだろうか。

実験材料は多量にいるが,やる気は起きない。

2014年5月27日火曜日

研究者向けの英語教材〜2014春〜

英語の勉強をいろいろしているけれど,
文法を強くするだけではどうも実践的でない。

とくに,研究周りの英語を勉強したい時,
テクニカルタームを押さえると同時に,
独特の言い回しなどを覚えられたらとても良さそうに感じている。

例えば,ディスカッションでどのように切り出すのがスマートなのか,
いきなり質問すべきなのか,それとも理由を述べてから質問すべきなのか,
などなど。

私は特に,失敗を恐れる系の人間なので,
出来るだけ事前に情報収集をしておきたい。

最近見た中でベスト

そういうときに,羊土社さんの教材は基本的にどれも優れていて,
私は結構いくつも持っている。
この間,図書館で発見して見ているのが,



なのだけれど,かなりかゆいところに手が届いている。
とりあえず,入門系のハウツー本を読んだのだけれど,
しっくり来ない人にはかなり良いと思う。

また,後半様々なシチュエーション別の例文が載っているけど,
大学院生からポスドクのジョブハントくらいまで使えそうな例文のカバー範囲で,
なかなか良い。

図書館の貸し出し期限をもう延長できそうにないので,
もう明日買うことにしましたわ。

2014年5月24日土曜日

読書技術

情報の収集が律速

毎日,新聞を読んだり,
毎週毎週出る,トップジャーナルの論文や,
毎月出る専門誌の論文を分野が重なるところから読んだり,
また,時には関係のない分野の面白そうな論文を読んだり,

論文は最新の知見過ぎて理解できない場合は,
教科書をもう一度読み直したり,

全く別の分野の研究手法を学ぼうとすれば,
やはり,その分野の教科書を読んだり,

ネットを開けば,世界情勢や,生活のtipsみたいな記事も面白いし,
ホンマでっか的な記事も,リフレッシュには良い。

そのようなことをやっていると,
リーディングの時間というのが圧倒的に足りない。困る。
後半の,本業と関係のない情報収集を止めたとしても,
前半のマストな情報収集だけで,やはり普通に読んでいったのでは時間が足りない気がする。

そういうことを思いつつも,
具体的な解決法は見いだせないでいたのだけれど,
英語の勉強のときに読んだ言語教育に気になることが書いてあった。
それは,読書を重ねていくと速読や斜め読みといった類いの能力がつくということ(というか博士を取得するには必須というような書き方)である。

速読をかじる

何となく聞いたことのある速読というのは,
周辺視野を鍛えるといったもので,
本当にそれで中身を理解できるのかよと眉唾であった。

速読には,速読と言われるものとフォトリーディングと呼ばれるものがあるらしく,
周辺視野を鍛えると言ったものは後者にあたる。
ほぼ衝動買いでこれに関する本を買ってしまった。

読んでいくと,後半に行くにつれ,
本文を写真で撮ったように記憶しておいて,
寝ているときなどに理解が進むというような,
サブリミナル的方法が出てきてどうもうさん臭い。
ネットいろいろ調べていくと,フォトリーディングを習得する高額のセミナーとかが出てきて,やはりうさん臭い。

私はうさん臭い物には敏感なので,フォトリーディングについては完全に自分の中でヤバいものと認定した。

しかしながら,購入した本については後半のサブリミナル的なこと以外は,
とても役立った。

例えば,目次を読んで構成を頭に入れてから読むだとか,
節のどの辺りに重要な情報がありそうかとか,
他の速読本を読んだことがないから,比較にはならないけど,
なかなか目からウロコであった。

これを読む前後では2〜3倍は速く(本人比)内容を理解できるようになったと自負している。訓練でもう少しは早く出来そう。

読むのではなく,内容理解というところがミソかも。
従って,文章のリズムや余韻を楽しみたい文学作品には向かないのかも。

ここまで,フォトリーディングはうさん臭いと認定してきたのだけど,
私の母はこれが出来るから,またうさん臭い。

2014年5月21日水曜日

バックグラウンドでの処理

この言葉がマイブームである。
進化学とか生態学の難しい理論は,何度読み返してもよく理解できないが,ある時突然に完全に理解できる瞬間が来る。
そういうのは,もはや,メインの処理でいくら努力しようとしてもダメで,
ならいっそ,しっかりとインプットをしてからは,
しばらくそのことからは離れて別のことをやる。

PCを開いて,いくつもウィンドウを開いて,
バックで処理させつつ,
書類書くみたいなことするけど,
難しいことの理解なんかも同じような感じで,
バックで処理させたらいいんではと思っている。

ついでに言えば,寝る間際にそういう難しい文章なんかを読むと,
睡眠導入に良いし,
夢の中でまでそれに追われて,
翌朝目が覚めると,
見違えるほどに理解力が上がっていたりしてよい。

2014年5月20日火曜日

ガバナンス

所属団体の統治体制に辟易している。
トップに当事者意識が無ければ,ダウンにも無い。
これまでしょうがなく,様々な雑用をやっていたけど,自分の仕事が忙しくなって,面倒になってきた。
人の善意に寄生するシステムは持続可能ではない。
せいぜい,善意はオプショナルな事柄に対して期待すべきで,
本質的な運営や機能を善意に任せるから,仕事の不平等が産まれる。仕事の不平等が,出世や報酬で補償されるならまだ良いけれど,私の現状に限ってそれはない。
人に同じことを施さぬとこころに刻もう。

2014年5月19日月曜日

黒歴史について

無駄な,方向性を見失った情熱はしばしば,黒歴史的事象として発散されます。
黒歴史的事象は,その当時の当人に取ってみれば良かれと思ってやったことなのですが,
後々,見返すと目も当てられないくらいに赤面し,あわあわ言ってしまうのです。

ただ,年甲斐もなくこういった黒歴史を生産し続ける人が居る一方で,
過去の黒歴史を反省することが出来るということは,
黒歴史的事象を生産してしまった頃の自己よりも,
精神的,技術的に進歩しているというということなのでしょう。

本日,他人の黒歴史を見て,これはひどいと思ったのです。
たまたま先ほど,過去の日記を見てしまって,我ながらひどいと思いました。人のことを言えた立場ではないのです。

多かれ少なかれ,これからも生産の過程で黒歴史的事象を生み出してしまうかもしれませんが,
お手柔らかに評していただくとして,
自らにおいては自己の形成過程の遺跡として大切にしようと思います。
(つまり,恥に乗じて消去してしまわぬよう)

2014年5月3日土曜日

英語の勉強

来月,アメリカに行くことになったので,一人でもなんとかなるように勉強している。
NHKのラジオ講座やたまに同僚と話したり,文献を読んだり,それらは英語の勉強としてはそれなりに効果的なのだけれど,いざ,密なコミュニケーションをしようとした時には,もっと別なアプローチが必要なんでは無いかと感じている。

翻訳できる日本語

そこで,以前からウィッシュリストに入れてあって買っていなかった本を買って,読んだ。



本書は,日本人がもっている共通認識や,それに伴って可能となっておる曖昧な言語表現による意思疎通をよく認識して,即,翻訳できる日本語を普段から使おうというものである。

具体的には,
・主語を明確にすること
・概要から詳細という方向性をもって話をするということ
などであった。

こういうことは,論文を書いたり,研究のプレゼンやディスカッションをしていると,自然と身についてくることなので,自分自身,多少は現段階でもできているのではと感じた。

ラングエージ・アーツについて

本書の中で,もう一つ参考になったのは,
欧米諸国では,言語教育 (ラングエージ・アーツ) を初等教育のうちから学ぶというものである。ラングエージ・アーツにおける教育だと,コミュニケーションに重きが置かれる一方,日本語の言語教育は,どちらかといえば文学的な表現を学ぶように思う。
この辺の話は,最近の小学校での英語教育の件といい思うところが有るが,それはおいておくとして,,,

言語教育は,大きく言語技術読書技術に分けられる。この読書技術というのが,私の琴線に触れた。これについて,ほぼ衝動的に気になった本を買って,読んだので,後日メモしようと思う。