2013年1月21日月曜日

日本語の語感

アイドルのゲームで、
「5分だけにゃはっぴーする」
という台詞が出てくるそうです。

そのアイドルがもしそれを自分で考えていったのなら、
それはそれですごい魅力的だと思うのですが、
多分ライターさんがいるのだと思います。


私はこういう、適当な言葉を動詞的に使う語感が好きです。
ずいぶんと高い日本語感覚だと思います。

にゃはっぴーというのは自己紹介のネタだそうですが、5分間だけそれをするというふうに含みを持たせることで、受け手に解釈の自由を与える、
なんとも憎いやり方です。

これが5分間だけニャンニャンするであったら、ただ下衆なだけです。


アイドルの清潔感を保ちつつ、
受け手にいろんなことを想像させる。
言葉選びといい、なんともうまい。


若い無垢な女の子に各方面からの才能が集結してアイドルとしてプロモートされる様子はなんともすごいと思います。

消費者がこれらの結集された才能をも全て女のコに帰着してしまうことが炎上が起こる原因なのではとも思います。


大変なお仕事ですね。





2013年1月20日日曜日

厄除け・青春論

厄年

厄除けへ行きました。
私はそこまで仏教の信仰心に篤い方ではありませんが、
こういう行事は通過儀礼として大事にしたいと思っています。
日本の文化の一部となっていると思うし。

だけど,「良く効く」とか「厄年には必ず厄よけを」みたいな文句はどうなんでしょう。
不安をあおる商売はよくない。
もっとも,ほんとに何か憑いているかもしれないし,
あるいは,単なる通過儀礼だったらそこまで人が集まらないかもしれないけれど。


青春論

角川・坂口安吾の堕落論に収録されている青春論を読みました。
私には「青春さん」というあだ名の良い歳してまだ青春時代のような無茶をしている友人が居ます。
自省してみたところ,今でも虫採りを無邪気にしているあたり,私自信そう他人を揶揄できないのではないかと思いました。


安吾の小説家としての青春の考え方は,
これから不安定な道のりを歩もうとしている自分には染みてくるものがあって,
その辺りを上手くまとめてメモしておこうと思ったのですが,
推敲すればする程,
頭の中のイメージが矮小化してしまって,
どうにもならないのでやめることにします。


2013年1月19日土曜日

やけに感覚が鋭い

今日はいつもと同じのはずなのに、
やけに周囲が慌ただしく感じます。

目を閉じると、
テレビの砂嵐を2度3度目の違うふるいにかけたような、
細かいノイズが耳に障ります。

さて、本当に外界こんなに騒がしいのか、
それとも私が穏やかでないのかわかりません。


知覚するということを問い詰めると、
末端の受容器が刺激を感知して、
興奮して、
そして、脳へ信号が送られて初めて、
私たちは外界を感じるわけです。

耳に障るノイズは本当に受容器のノイズなのではと思いました。
丁度ギターアンプのゲインを上げると
ザァザァした音が入るのと同じに,
今日は少し感度がよくなっていて
余計に強く外の音を拾ってしまっているんではないかと思います。


今日はそんなことを考えて居ます。

2013年1月16日水曜日

目的と手段を明確化すること

--
昨日の続き。
本の要約で目的と手段を明確化すること と書いたけれど,それについて自分が陥りやすいミスをメモ。


研究の概要を書くとき,
~の為に***したや,
~を目的として***した

  ~  : 目的
***: 手段

という風に記述することが多い。


このとき,もしもある手段であるべきものが目的の場所にあるときには,
一から立ち直って考えた方が良い。

例えば,
Xを比較するためにYをした。
と書いてあったら,それは多分研究の順序としては間違いじゃないけど,
研究の意義はXを比較することなのかよく考えないといけない。

多分,比較をして何かを明らかにしたいはずだから,
その明らかにしたい何かの方を目的として書くべき。

2013年1月15日火曜日

積ん読の消化

気になった本があると、
とりあえずAmazonのショッピングカートへいれている。
欲しい本の合計が2万に差し迫っているので、前に買った本をとりあえず消化したい。


ということで秋頃に買って、ずっと転がしていた本を読みました。



周りには無尽蔵に氷があるであろうエスキモーに,
氷を買ってもらうにはどうするかという喩えで,
中身はマーケティングの話です。
エスキモーは登場しなかったと思います。

相手にとって一見魅力の無い商品をどうやって売って,
どうやって満足してもらうかということが一冊にわたって書かれています。


方法を言語化するということ

内容はどれもとても単純なことでした。
例えば、顧客一人ひとりに直接頼んで顧客の購入頻度を高めよ。というような。

でも、頭ではわかっていても、言語化して認識している人はすくないんだろうなぁ。

このように実に簡単なのだけれど、書き言葉でまとめられていないから、ぼやっとなんとなくしか実体の掴めない概念がずいぶんとあるように思います。

このように不明確な概念を言語化して
まとめてあるようなことがこの類いの本には多くて,
言語化された方法や法則が必ずしも一般則として役に立たないから,
少しばからしく思うこともあるけど,
なるほどと思う格言さながらの言葉も稀にあって,
たまに読むには良いと思いました。


目的と手段を明確化するということ

という風には書いていなかったと思いますが,
商品を上司あるいは顧客にアピールする時のポイントを要約すると,
こんなようなことが書いてあったような気がします。

例えば,
広告の有効性を高める為に (目的)
興味のある顧客だけにフォーカスして宣伝する (手段)
と言ったようにです。
この時に,どのように興味のある顧客を絞るのかということが問題になりますが,
それについても,本文では述べられています。


そしてこのことは,
研究者が日々,予算獲得や研究論文の投稿などで,
アピールポイントを練って (必) 勝する為の方法と極めて似ているように思いました。
日々問われる,文章の論理性などはこういうところで役に立ちそうです。

研究主題が必ずしもすぐに社会の役に立ちそうにないですが,
研究遂行の為に必要な付随的なスキルが様々な現場での交渉や訴えに使えそうだと思いました。

そのような視点からも研究を見て,
社会の淘汰圧に負けないように生きていきたいと思いました。

2013年1月14日月曜日

itunesの新しいインターフェース

itunesのインターフェースが年末に変わりました。

PCで音楽を聴く人にはmacらしいオサレなデザインになってよいと思います。
(win版はどうなのか知りません)


walkmanユーザーでデータをitunesで管理してる私には面倒な問題が出てきました。
それは,itunes設定したアートワークスがwalkmanで反映されないということです。
これはwalkmanでジャケットを楽しみたい神経質な私にとっては大問題です。

とりあえず,これまでのように通常画面からd&dでアートワークスを取り込めなくなったようなので一から復習すると,

①右クリックで情報を見るを選択して,




②情報のアートワークのところへd&dしてあげる必要があるようです。

(このときwalkmanの場合には300x300 px以下の画像にする必要があります。)



③それでアルバムを開くと,

ジャケットだけじゃなくて曲名の欄も自動でアルバムのデザインが反映されるというオサレ仕様になりました。




ここまでは良いのですが,
このファイルをwalkmanへ移すとアートワークの情報が反映されません。
macのfinder上では音楽情報ファイルにアートワークが表示されるので,画像ファイルのタグは音楽ファイルに埋め込まれているはず。

何がいけないのでしょう。



手がかり

何故だか分からないのだけれど,
この時walkmanに移した30くらいの楽曲のうち,
SKE48のアルバム「この日のチャイムを忘れない」の
研究生の曲“その先に君がいた”だけはwalkman上でもアートワークが表示されます。
(まだどんな曲か聴いていないのだけど)
何が起きているのでしょう。

もしかしたらジャケット画像をd&dする時に複数選択せずに個別で設定するとできるのかもしれません。
でも,面倒なのでまだ対処していません。

もしかしたら,何度かアップデートあったし直ったかもね。



2013年1月13日日曜日

今年はもっと創造的に生きたい

年が明けました。

反省

昨年を振り返ると,創造的な営みも出来たけれども,
反動で何もしたくなくなってしまう時期というのが4分の1くらいあった気がする。
既存のものを入力するのにも,新しいものを出力するのにも,
同じくらいエネルギーが必要だし,同じくらいストレスが溜まる。
もっと上手いやり方は無いかなぁと思う。
どちらも自分が真にやりたいことであるので。


抱負

今年は,本職の創造的営みだけじゃなくて,
もっと社会の役に立たないけれども自分が癒されて,
かつ他者が楽しめるような創造活動をしたい。

やはりその為には,
時間を上手く使って,
情報の入出力を上手くやって,
ストレスと上手く付き合っていきたい。
人生は有限なのだからいろいろ欲張っていきたい。



本

そういえば,秋頃からちょくちょく読んでいた本がようやく読み終わった。

こんな巨匠の有名な作品を何故読んでいなかったのか疑問だけれども,
読了した。
もうかれこれ長い時間をかけて読んだので前半の方の詳細は忘れてしまったけれど,
終始論理的な文章が印象に残っている。

金閣を焼いてしまうという精神状態を描写するには,
論理矛盾の無い緻密な構成が大事なんでしょうか。
---


あと,最近読んだ寺田寅彦の“科学とあたま”の一説が心に響きました。

頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。すべての行為には危険が伴なうからである。けがを恐れる人は大工にはなれない。失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。一身の利害に対して頭がよい人は戦士にはなりにくい。

科学とあたまは「科学者は頭が良くてはならない」「科学者は頭が悪くなくてはならない」という命題を対比しながら解説する短い文章でした。
細かいことを考えずにとりあえず試行してしまう私のこれまでのやり方は,
なるほど頭の悪い科学者のやり方だなと思いました。


随筆集の第4巻に収録でした。